「台湾を思う」と「台湾に親しむ」 という感情
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富永勝「台湾はもう忘れられない、やっぱり幼少時代を過ごしたその思い出はものすごく頭の中に残っておりますね。やっぱり夢にでも出てきますよ。」

竹中信子「蘇澳はね、私、あの…とにかく祖父の代、それから親の代ね、私達三代をお世話になっているところなんですよね。心の底から台湾という土地に感謝しきれないほどの想いがあります」 — 田中実加『湾生帰郷物語』

1895年から1946年までの間に台湾で生まれた日本人は「湾生」と呼ばれている。彼らは第二次世界大戦の終戦とともに日本に引き上げたが、生まれ育った台湾は、いつまでも心の底にひきずり込むような郷愁となっている。2011年3月11日、日本の東北で大震災が起き、津波にも襲われたが、台湾人はこの大震災に対して深い関心を寄せ、実際に援助も行った。これをきっかけにして、日本人は「近い隣人」の友情にこれまでにないほどの強い感銘を受けた。湾生世代から3・11の震災世代まで、多くの日本人が歴史の大きな歯車に巻き込まれており、程度こそ異なるが皆、台湾の運命と接点を持つことになったのだ。これを書き継いでいくことは、彼らの台湾に対する恋慕の情を語り継ぐことだけでなく、「台湾を認識する」ことへの努力にもなるだろう。